RCEPのビジネスについて考えることは、私にとって、今後20年の研究テーマになります。

□RCEPのビジネスについて考えることは、私にとって、今後20年の研究テーマになります。

RCEPについて、色々自問自答していると、中国、韓国、ASEAN諸国ということになれば、究極を言えば、完全に華人の世界の自由貿易圏ということになります。すなわち、このビジネスモデルで一番大きな市場をつかむことができるのは、華僑系、中国系企業が優位になることは、容易に想像がつきます。

2022年から約20年の歳月をかけて、自由貿易が拡大していくということですが、ビジネスにはテーマが必要ですが、私にとってのビジネスのこれからのテーマは、RCEPについて研究していくことにします。この制度が始まれば、一体どうなっていくのか?それを考えて、色々情報を発信してくことにしていきます。

巨大中国語圏の市場が出来上がり、そこに日本の立場がどうなるか?中国系の20億人近い言われる人のほとんどが、中国、ASEAN地域にいますので、このことは、日本も同じ土俵で勝負するようになるのですから、無視できない話です。

よって、RCRPについてこれから20年のビジネスを考えたときに、この分野で色々専門的に行っていくことは、年齢的に考えて、人生最後のビジネスモデルの研究になるかと思っています。この中国系の強大市場で日本がどうやって生き残るか?それが課題になります。

すなわち、日本の産業の強化、イノベーションをしない限り、日本が中国系の市場に完全に呑み込まれることになります。圧倒的に、漢民族の人数が多い事実があります。やはり、人口規模が大きいということは、市場にあたえる影響が大きいということが言えます。

いずれにしろ、このことをテーマに研究していくことが私の課題になります。また、その市場に対して実際に自らどうビジネスをしていくかを考えて行く必要があります。
次なる課題が見つかりました。
それですよね。
今後、20年以上かけて発展していく市場です。そこ場に身を投じてビジネスをしていくことで、年齢的に考えて、この問題をどうするかを考える課題として人生最後の仕上げる仕事になるのではないかと思っています。

すなわち、2022年1月1日からスタートするわけです。
これは、巨大なプロジェクトですから、一体どうなっていくのかワクワクします。日本が大陸とつながる日も近いかもしれません。

RCEPが始めるということは、中国語圏の世界最大の市場が出来上がるという意味

私の専門でもある中国ビジネスの分野は、10年近い氷河期時代でしたが、来年からRCEPが始まり、日本と中国とASEAN諸国が自由貿易がスタートします。その事を考えても、また、日本と大陸をつなぐビジネスというものが重要であるかと思っています。日本の中小企業が中華圏の企業と取引が促進できるということが重要だと思いっています。

RCEPは、中国、韓国とASEAN諸国との自由貿易になるのですが、この意味は、中国も、ASEAN諸国もほとんど、製造業などの商売を行っている人は、華僑であるといえます。ASEAN諸国の製造メーカーにも、いろいろ工場見学に過去に行ったことがありますが、広東省や福建省から来たという華僑ファミリーがASEAN諸国でビジネスを行っています。よって、RCEPというのは、日本と中国、華僑とのビジネスを如何にするかということになるかと思います。よって、取引は、中国語でできるということになります。

東南アジアでも華僑は、北京語を勉強しており、北京語で会話が成立します。そういう点では、RCEPの自由貿易のスタートは、中国留学組、中国語を勉強をした人にとっては、面白い市場ができる可能性が高いと言えます。ある意味、中国語圏の巨大市場ができたということになり、日本にとっては、何もしなければ、巨大な中国語圏の市場に呑み込まれる可能性もあると言えます。よって、自由貿易は、日本にとって市場を開くということは、チャンスを生みますが、今まで壁があったものが、取り除かれるということは、日本という国の市場を以下に守り、同時に近隣諸国と同ビジネスをしていくかということが非常に重要になります。

もう今まで外国だと思っていた市場が、東京と大阪みたいな感覚で、東京と上海、香港、シンガポール、バンコクなど中国韓国ASEAN諸国とビジネスをする時代になるということです。
ということは、大陸的発想で日本人もビジネスをすることは、重要になります。ということでも、これから日本人にとっても、RCEPの実現が新しい世界を作り上げるということになります。ですから、日本人という地域の人であって、もう国という壁はビジネスの世界では壁がなくなっていくことになります。その大変化は、欧州がEUを作った以上のインパクトが将来的には出てくると思われます。すなわち、アジア人は、金儲けが好きな人種ですから、そう考えても、世界の市場をリードする存在になり、日本はそのなかでどのような立ち位置になるのかを考えなければいけません。すなわち、競争が激化しますが、それだけ面白い時代が来るということになります。

空前の中国ビジネスブームが10数年前にはあった。それを思い出し、また、面白いことを行いたいと思っている今日このごろ

□空前の中国ビジネスブームが10数年前にはあった。それを思い出し、また、面白いことを行いたいと思っている今日このごろ

2000年から2010年までは、中国ビジネスブームがあった。特に、2007年から2010年は、だれしもが中国ビジネスに興味を持ち、中国に進出をしようとしていた時代がったことは、過去の記憶になっている。私自身も、当時は、中国貿易ビジネス、中国進出セミナーを毎週上海で、日本全国で講演活動を行っていた時代がありました。今でもあの時代は良かったと思える時代でした。

私は、上海に住んでおり、上海で起業していた起業家として中国進出したい日本企業に対して上海市工商管理局より企業登記代理の資格を弊社が頂き、正式な企業誘致をする仕事をおこなっておりました。如何にも中国的というのも、私は、大学時代の中国人留学生と共同で事業を起こしたわけですが、彼の親戚が工商局の幹部であったために、「君たちは、中国に進出する外国企業の会社登記の案件おこないたいなら、工商局に申請しなさい、資格をあげますから」という一言で、申請して上海市から企業登記代理の資格を頂き、正式な中国進出企業への会社登記ができる企業になりました。当時は、人脈命の中国ビジネス、あまりにわかりやすく、外国からは、法治国家でなく人治国家ということで、避難を言う人が多かったですが、ある意味、わかりやすくて、人脈あることで、ビジネスが成立できる国として、良かったと思える点がありました。

中国は外資でできない仕事が多かったので、中国人の如何に名義を借りるか、正直、出会った人で成功できるか、できないかが決定したようなものでした。

上海には、そのような新規で進出する外国企業が多く当時はありましたので、それを狙った中国人ブローカーも多数いたことも事実でした。私のような日本人で中国進出を支援してた仕事をしていましたので、よく外国語が得意で外国企業を誘致をする現地人のブローカーと商売敵でいろいろあったことを記憶しています。

2008年頃の上海には、世界で日本人が最も多く住む街として、タイのバンコクを超えて、約10万人が居住しているといわれていました。

その当時は、日本全国から起業家を目指し、上海で頑張っていた日本人がいましたので、正直面白かったと記憶しています。それから、10年が過ぎて、現在では、その当時の人たちは、大部分が帰国をしており、当時のことを懐かしむ人はいるが、今は、中国との商売をしていない人も多くて、過去の話となっているように感じます。

2008年から2010年の中国ビジネス、というと、問時は、日本全国か起業家が集まっていた時代ですから、当時の中国ビジネスは、なぜ面白かったかというのは、それだけ多くの情報の発信と、コミュニティーが存在していたからです。私も当時よく言ったことは、「どんな国でもどんな場所でもいい仲間がでいればいい場所と思える」という言葉を発していたことを思い出しました。

すなわち、海外で一旗揚げてみたいというゆめをもった起業家が、当時は多数いたこと、そして、その人達の発信してた情報、コミュニティーが盛り上げたということが言えます。今でも一部の起業家が継続しておこなっているようですが、当時のような盛り上がりはなくなってしまったと言えます。特に、コロナの流行で、最後のトドメを指したといえる中国ビジネスですが、大手企業の駐在員による事業継続はおこなわれていますが、ベンチャー的な起業家が中国本土にいってビジネスを展開する人は少なくなったと言えます。

そう考えれば、私も23歳から40歳になるまで中国で過ごしていましたので、青春そのものですね。

RCEPは、来年の2022年からスタートします。中国を含む日本との自由貿易がスタートするということは、中国を含む新たなASEANとのビジネスモデルを考える時代になったということにあります。この商機をどう捉えるか、戦前の日本には大陸浪人、亜細亜派という人たちがいたようです。実に、私も平成の大陸浪人として放浪していたわけですから、大陸に対して思うところがあります。
ということで、またもやRCEPもスタートしますので、大陸とのビジネスを盛り上げるために、活動を開始することに決めました。

なにをするかは、これから考えますが、面白いことを始められることが重要だと思っています。

 

中国ビジネスについて熱く語る!

2000年代に上海で中国ビジネスに関わっていた方と10数年ぶりに再開をした。そこで中国ビジネス談義に盛り上がりました。
私自身も中国ビジネスに対する情報を毎日ブログで発信しており、当時は、非常に人気のあるブログを書いていました。当時は、中国ビジネスセミナーをよく開催しましたが、ネット集客だけで、3500人ほどの中国ビジネスに関心ある方が、私の中国ビジネスセミナーに参加頂いたことがありました。
もう10年の前の話ですが、当時は中国ビジネスに関心のある人に情報を発信していました。最近は、中国ビジネスについて熱く語ることもなくなりましたので、久しぶりに中国ビジネスについて熱く話をして思ったことは、私も20数年来中国ビジネスについて、やってきていますので、本心では、このジャンルの仕事について非常に関心をもって、ビジネスを展開しているということを内在する自分について思い起こしました。
東京で普段生活をしていると、熱く、中国ビジネスについて話をする機会がないので、この話について、こころの中でいろいろ思っても発信することはないのですが、やはり、日中間ビジネスは、これは、尖閣問題が出てから、完全に冷え込んでいますが、来年の1月からRCEP発効になりますので、中国及びアジアの貿易ビジネスが活性化すると考えられます。そのような自由貿易が近隣諸国と積極的に行われる時代になれば、日本の企業もそれに対応したビジネスということを考えて行っていく必要があります。それを考えても、海外で長年、海外企業とビジネスを行ってきた経験は、非常に役立つと思っています。
また、私の専門は、中国貿易や中国進出の仕事を長年行ってきましたので、このジャンルの仕事についても、今後重要な意味をなしてくると考えています。
また、中国ビジネスについての詳細の研究を開始することにします。いずれにしろ、日中間ビジネスというのは、長い歴史でこの交易は絶え間なく続いているわけですから、このジャンルのビジネスには、積極的に力を入れて行っていきたいと思っています。

不動産屋の基本は・・・

 

不動産屋の仕事の基本は

法務局に行って謄本を調べることからスタートします。
ということで、事務所の近くにある麻布法務局に行っていろいろ調べ物しています。

弊社の事務所が東麻布にあるため、徒歩でも数分で行くことができますので、便利です。

秦の始皇帝 兵馬俑のはなし

 

 

(秦の始皇帝 兵馬俑のはなし)

秦の始皇帝といえば、日本にも影響を与えた人物ということになります。

秦の始皇帝の使者である徐福が日本に来て日本全国に徐福伝説があります。
さて、中国にいるときに、兵馬俑を見学に行きました。その時の写真が出てきましたので、アップすることにします。兵馬俑とは、始皇帝がこの世から去った後にも、身を守る兵士の人形を地中に埋めたということです。このあたりの話は、始皇帝の最後の悲劇の話にも繋がりますので、あまり深く説明しませんが、このような壮大な遺産があるというのは驚きます。
一度だけ行きましたが、このスケールに圧倒されました。

パワーストーンの世界

 

(パワーストーンの世界)

個人的には、パワーストーンが好きで、以前かなり集めました。上海の水晶市場で購入して、その大半を日本に運んできましたが、水晶には独特の魅力があります。100個以上大小合わせていろんな水晶を購入しました。石には、不思議な魅惑される力がありますね。この世界はまりはじめると、際限のない世界です。

来年に向けて3本柱の事業の仕込みを行っています。

【来年に向けて3本柱の事業の仕込みを行っています。】

弊社は、3本柱で事業を行っています。
1,中国貿易事業
2,不動産賃貸売買仲介事業
3,企業コンサルティング事業

この3本柱で事業を展開しておりますので、日々、いずれかの仕事するために活動してます。基本的には、起きた瞬間から寝る瞬間まで、ビジネスについてのなにか作業をしています。特に、今年も年末になってきましたので、来年にむけて、事業内容に仕込みをしてます。

コロナの長期化のために各事業影響は出ましたが、基本的には、弊社のビジネスモデルは、仕組みと資格によってビジネスを行っておりませんので設備投資などの事業投資は割合すくないのが、今回のコロナ影響で多大な損失をすることもありませんでした。東京は、緊急事態宣言の長期化で止まってしまったビジネスは多数あります。特にサービス業、店舗における客商売などは、非常に困った自体になったと言えます。

弊社のビジネスモデルは、どちらかといえば、景気動向と為替に影響を受けるビジネスを行っています。中国貿易を行っておりますと円安になれば、同時に人民元に対して円が安くなりますので、人民元高になれば、中国仕入れは高くなりますので、今の円安傾向は歓迎できるという話ではありません。

不動産に関しても、コロナの流行により、引っ越し需要が減ったり、店舗の出店よりも撤退という需要がましたこと、また、外国人投資家相手に人脈を広げて情報を流していましたので、コロナで来日できないということで、事業は停滞しています。ただ、現在の傾向は、都内も元気を取り戻してきていますので、そろそろ、商売も回復していくのではないかと思っております。悪影響がでれば、それに対応して企業コンサルティングの支援事業については、需要が増すというのが一般的ですが、私どもの行っている案件については、非常に難しい国際金融に関係しておりますので、世界基準の国際金融についての事柄を日本の経営者に知ってもらうことがスタートと思い、啓蒙活動を行っています。

いずれにしろ、貿易、不動産、コンサルティングと来年に向けて、事業が飛躍できるように仕込みをおこなっています。来年は、パンデミックにならないで、平常通りに生活、仕事できるようになればと思っています。

何事も、継続が力なりです。前々から話してますが、来年には、落ち着けば、路面店にうちの不動産屋を出店しようかと思案しています。いわゆる街の不動産屋です。

やりたいと思うことが色々ありますが、何事も前向きに行うことで、なにか結果が帰ってくると思います。