月別アーカイブ: 2014年4月

2014年04月27日 中目黒の青空カフェ

中目黒の青空カフェにて

 今日は、日曜日ということで、大学時代の友達と都内で会っていました。
  学生時代は、航海学を学んでいたので、同級生の多くは、航海士になっています。私の中国の始めての就職は、船舶塗料メーカーに勤務して、中国全土の造船所 を回って、修繕船のドック入りの工事に付き合い船舶塗料の販売、工事監督をしていました。日本の船が、中国の造船所で工事するケースも多いのですが、造船 所とかなり、激しい口論をしながら、船舶の修繕工事を行った事を記憶しています。
 値段交渉、そして、工期、施工技術に対するクレームなど・・・
 先日、商船三井の話がありましたが、私の学校の同級生の何人かは商船三井に就職して、航海士として働いています。
 航海士として働いている友達の話を聞くと、万一、外洋で危険な出来事、たとえば、ペルシャ湾などで、砲撃されたり、海賊に襲われたりすると危険手当が出るそうです。
 相場は、10万円とか話していましたが、ずいぶん前に聞いた話なので、今はどうか知りませんが、航海士は、どこで、どんなリスクがあるか分かりません。外洋で頑張っている同窓生にエールを送りたいです。

2014年04月26日 このまま進めば、どこまで行くのか?

 メディア報道に影響しているのか、最近の報道を見ていると、いつ事件が発生するかわならない状況に近づいていると思います。
尖閣諸島の領土問題に対して、中国側から動きがかなり本格的になってきています。
今日のニュースを見ていると「領海」を中国公船が航行しているという話になってきました。
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http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/senkaku/?id=6114839 
『中国公船が領海侵入=沖縄・尖閣沖
沖縄県石垣市の尖閣諸島沖で26日正午ごろ、中国公船が日本の領海に侵入した。政府は首相官邸の情報連絡室を官邸対策室に格上げした。 (時事通信)

◆領海は12海里=約22.2kmまで 』

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落ち着いて仕事をしている場合ではなくなってきているように思います。突発的な事件、事故がここで起これば、平和的なビジネスなど考えていられない事態になりかねません。
この流れ、もう止められないのでしょうか?

これ以上問題が大きくなれば、すべての国民生活に影響でてきます。中国ビジネスで影響がでるという話だけでは、終わらない事態になりかねません。

2014年04月26日 思ったら行動する!

 ここ数日、忙しく動きまわっていました。ビジネスというより、永田町の衆議院会館に行ったり、都内にいる政治関係者といろいろ打ち合わせをしていました。
日中関係にいろいろ難しい局面を感じる部分が多いので、私個人的な思いは、日本の将来に向けて、どんな日本を目指すのか?政治の方向性をきちんと決めていく事が日本と近隣諸国との関係構築に大切だとおもい、政党関係者と会って、話をしています。
来週も東京で若手の政治活動家や、インターネットを利用して政治を動かそうと思っているネット政治活動家などにあって、『僕たちも将来の日本について語ろうよ』ということで、政策提言をいろいろ考えようという話になっています。
政治の世界も流れが少し変わってきています。ネット選挙解禁になり、若手を中心になって、インターネットを用いて、政治を語る機会が出来るようになってい ます。頭の思考が、中国ビジネスというより、本当に日中関係を改善するなら、永田町の政治の方向性から変えていかなければ、日本と中国の関係改善は、難し いと思っています。
政治の世界は、テレビの世界、遠い世界で行っているように思いますが、永田町に通い始めて8年ほど経過しましたので、なんとなく、政治の世界というものが、理解できていました。
すべての国民が、政治に参加する権利を憲法で保障されていますので、図々しく永田町に通って、政治的な活動が行っていければと思います。

2014年04月22日 具体的にどうなのか知りたい!

 先ほどのブログの追記になるが、80年ほど前の日本企業の行った事が、現在の法律で商取引の問題として訴えが通る事態というのは、非常に複雑な思いである。
 日中間の国家間の取り決めでは、『戦時中の賠償問題をめぐっては、1972年の日中共同声明に、日本に対する戦争賠償の請求権の放棄が明記されている。』
 ということになっているが、1930年代、日本人の多くは、開拓民として、中国を目指した歴史の事実がある。
 満州開拓移民が 代表的であるが、上海にも日本疎開が存在していた。大陸に対する政策は、当時の日本政府の国策として行われた事は、歴史的事実である。その国策に乗じて、 移民した日本人、日本企業があったことは、事実であり、戦争状態の中、開拓移民の活動が行われていた。政治的取り決めで、政府に対して、賠償責任を問わな いと声明を出している為、政府賠償は、言う事ができない。しかし、当時、国策で日本から大陸に来て活動していた日本の企業に対しては、賠償責任は、政府と は違うので出来るという認識が生まれたのではないかと懸念している。私は、仕事柄長年、中国への企業誘致の仕事を行ってきたが、感じることは、今回の問題 は、衝撃が大きい、今でも地方政府や国家級開発区から日本からの企業誘致の話があれば、手伝ってほしいと相談を受けるが、歴史的認識と日本企業に対するど の時代からの賠償を請求できるのかをはっきりしてもらわないと、とても、中国におけるビジネスについて話ができないと感じている。
 たぶん、同じことを思っている中国ビジネスに関与している人は多いと思う。
  本音は、中国の国家級開発区の役人が、外国企業の誘致をしてもらうために、世界中を飛び回っている。大きな投資案件がないかと常に探しているのは事実で、 大きな投資案件を出来る企業は、歴史のある国際的な企業である。そうなれば、過去の歴史のなかで、国策としておこなってきたことが、いろいろ存在している のも事実である。企業活動と政府活動の敷居をどこでつけるのか、どんな取引をすれば、企業活動であったのか、政府がどのレベルで関与していれば、政府活動 であるのかなど、具体的に知りたいと思う。

2014年04月22日 新たな局面に差し掛かった

 最近、感じる事があった。日中関係の歴史的流れを研究していると、時代は、1930年代と今の時代の流れと似ている部分を感じる。
 日中戦争が 始まったのは、1937年のことである。盧溝橋事件がきっかけである。1930年代には、日本には、対中強硬派と、対中友好派が存在していた。対中友好派 としては、梅屋庄吉など中心となって、孫文の革命を支援してきたグループが存在していた。孫文の亡命は、日本に来て、中国の革命を遂行したという歴史が過 去にはあった。孫文の革命を支持した多くの日本人がいたことも知られている。
 その後、歴史的な流れは、武力衝突につながっていく。今の日本と中国の関係を見て、また、日本の自衛隊の広報活動などを見ても、非常に、中国との関係を意識したものが感じられる。
 日本に住んでいて感じる事は、中国に対して非常に厳しい目をメディアが向けていると感じる。
 両国のメディア報道を見ていても、両国で対抗意識を高める報道があり、政治的なレベルから、もはや、商業活動にまで、影響が出る話が出始めているいる。
 日本から中国に投資した企業がたくさんあるが、一時期、公害問題を理由に、工場の移設が問題になっていた時期があった。今度は、戦前の日本企業の活動に対して、裁判が起こり、遂に強制差し押さになったという報道が流れた。
 この時代の話にさかのぼって強制差し押さえが可能になるという事例が生まれたということは、同様な話がほかも、出てくる事が予想できる。
  70年も80年も前のことだから、分からないと今の世代の人に言わせればそういう回答になると思うが、「2世代以上前の人が行っていた事が、今の時代に裁 判になり、そして、賠償を問われる。政府間の問題でなくして、一般的な商取引においての紛争と位置づけるならば、これは、相当危機的な状況である。」
 その時代を記憶した人たちが80年も過ぎているので、もう生きていないかもしれないが、親族の証言で裁判ができるということがあれば、何でも裁判を起こせることになる。
 確かに、過去は、そのような訴えは、中国でいろいろあったと話を聞くが、具体的に、突然裁判所が差し押さえということはなかったように思う。
 今の政府、中華人民共和国の建国は、1949年である。建国前の1930年代に起こった商業紛争も、現時点の法律で訴えることができるというのも、非常に厳しい局面を感じる。

商船三井の報道を見て…

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20140422-00000120-fnn-int

2014年04月18日 大義名分

 これから、どんな方向性でビジネスを展開していくか毎日考えています。本厚木に事務所を出した意味、人間、何か行動するには、「大義名分」が必要ですようね。
 簡単に言えば、自宅を海老名に買ったので、近所で一番大きな駅が本厚木だった、といえば簡単な話なんですが、それじゃあ、当たり前すぎる。じゃあ、どうしたらいいの?と自問自答してやっと答えがでました。
 そうです。本厚木で、貿易をする人の起業家を集めてお互い発展させていくことができる会を作ればいいのではないかと思ったのです。
  今のところ、賛同者は、いないのですが、いずれにしろ、家がこっちにあるので、長く住む可能性が高いので、地域経済の発展に少しでも貢献できるように、 『本厚木 貿易ベンチャービレッジ』を立ち上げて、国際貿易を促進できる、情報交換の場を作っていけばいいのではないと思っています。
 渋谷に IT起業家が集まったように、本厚木に貿易起業家が集まる?そんなイメージです。この地域は、交通の便も良く、都心の中心地、横浜まで1時間圏内で、すこ し、海岸部から離れているということで、津波のリスクもなく、工場移設、物流会社の流通倉庫が、たくさん建っています。
 それと、都心部に比べて、事務所や倉庫を借りるには、費用が安い。物価も、地方都市なので、さほど高くない。ITを駆使して貿易業を行えば、よっぽど不便な場所を除いては、貿易ビジネスは、十分やっていけます。
 そんなことをぐるぐる考えながら、「大義名分」は、自分なりに説明できる内容ができたので、行動に移します。

2014年04月17日 本厚木で行う海外ビジネス・・・

今日は、一日パソコンに向かって作業をしていました。特に、新鮮な話題がないのですが、ここ数日、ひたすらパソコンに向かって作業をしています。今まで作ったHPなどの改正や、また、新たに事業計画を作ってネット環境を整えています。
インターネットの面白いところは、自分が思いつたことを何でもパソコンを使って表現できることです。
何がいいのかやってみないと分からないことばかりですが、私は、まずは、現実のことよりも、バーチャルな世界でイメージを作り上げて、そこから、現実的な仕事をすることにしています。
今、思っているのが、せっかく本厚木に事務所を出したので、地元につながる方法がないか模索しています。
本厚木から発信する海外ビジネス、神奈川県は、東京都と並んで、国際戦略特区になるという政府計画があるそうですから、ちょっと、便乗かもしれませんが、本厚木で、その辺に関係あるビジネスができればと思っています。
今日は、この辺で・・・

2014年04月16日 ビジネスは変化することが当たり前である・・

 ビジネスの世界は、実におもしろい、競争社会、そして、儲かってそうなビジネスモデルを多くの人が真似をしてビジネスを始める。
ビジネスモデルのアイデアは、長年同じ事を続けるのが実に難しいことが言える。
常に新しいことを考えて、何かを発信することが大切である。アイデアがよくても、あまりに、大事にしすぎて、アイデアを出すタイミングがずれるとビジネスとして成立しなくなる。
ビジネスは、社会貢献が基本であるが、社会貢献を言うより、まずは、自分が食えない仕事を続けても意味がない。反社会的な活動は問題があるが、社会的に迷惑をかけないなら、まずは、可能性があるところでチャレンジする必要があるだろう。
ほんと、ゲームのような感覚である。確かに、いろんなことがあって、一喜一憂するだろうが、刺激があるのは事実である。今の時代、すぐに死ぬような状況に追い込まれることは普通ない。
先日、友人の税理士の先生と話していて、話題になったことがある。業績が振るわないのを、「世の中のせいにする。」経営者は、どんどん業績が悪くなっていく。という話しになった。
世の中は常に動いているので状況は変わる。状況が変わるのは当たり前であるので、自分の経営方法も変えていくしかないのである。変われないで、結果がついてこないことを嘆いても仕方ない。
都合のいいように、遣りやすいように、結果が出しやすいように自ら変化すればいい。そう思っている。

2014年04月16日 本厚木の事務所でつぶやく・・

今日は、本厚木の事務所に来ています。最近、随分暖かくなりました。この時期は、一番過ごしやすくて良いですね。ブログの題をまた、すこし変えました。 「小谷まなぶのビジネス悠々ブログ」としてみました。好きなことを書くには、これくらいが丁度いいかなと言うことで、すこし変更してみました。
今年は、完全に拠点を日本にすることを目標としていますので、ホームページ、ブログ等の改正、また、書き方も変えていこうと思って、いろいろ調整しています。
今年は、ゆっくり、いろいろ準備していこうと思っています。
また、日本全国を旅とセミナーなどをかねて回りたいと思っています。
また、行ったことがない国や地域にも旅したいですね。

2014年04月15日 今の時代、存在できるスモールビジネスは?

先週から、関西、名古屋と出張に行ってきました。基本的に、電気街が好きなので、大阪の日本橋に行ってきたのですが、いやぁ、なんか、シャッターがおりているお店がおおかったのには、驚きました。
 客が、大型店舗に移ったというのが、原因かもしれませんが、ごちゃごちゃして、なんだか、分からないものを物色しながら、買い物をするのが、好きな私から言わせれば、なんでも、綺麗に並んでいる大型店が中心の世の中だけになれば、面白くないですね。
 先日、ある友人と話をしていたのですが、今から存在できるスモールビジネスは、なんであるかといえば、「心に関係するビジネス」以外は、存在が難しいのではないかという話になりました。
 結局、一番安い、一番、品揃えがある、一番便利な、一番大量に商品を取り扱っている。。。などの一番を作れない人は、普通に商売しても勝ち目ありません。
 唯一、一番という一般論だけでは、語れないものは、心に関するビジネスです。
 心は、すべての人が、同じものを好むという事がありません。
 いろんな人がいて、いろんな趣味、愛着、などがあることをかんがえれば、ニッチに攻めるなら、心をテーマにするしかありません。
 和歌山の実家にも、戻っていたのですが、最近、和歌山にもカフェが増えたという話を聞きました。
 一番になるお店を投資するには、なかなか、一般の方が起業レベルでは、難しいものがあります。
 心をテーマにした たとえば、癒しなどをテーマに空間を作り、その場所に来てもらうというビジネスは、大規模、ナンバーワンでなくても存在できるのでしょうね。
 そんなことを感じるここ一週間でした。

2014年04月10日 動画配信技術が世の中を変える

昨日から、活用していなかったドメインを動かそうと思って、ホームページつくりを行っています。インターネットは、楽しいのは、いろんな名前のドメイン を買って、自分のやりたい事のテーマを決めてホームページを作るのは、なんとなく、新しくお店や、家を買うような気分になります。
 バーチャルな 世界ですが、これが、世の中を動かす力になってきているのは、事実です。インターネットでビジネスをして無店舗型でも多額の売り上げを上げている企業は、 たくさんあります。私が、以前IT業界で働いていたとき、1999年の頃ですが、その当時は、インターネットを通じてどうやったら、ビジネスができるかと 論じられていたころでした。各企業は、インターネットという得体の知れないものに、どう向き合うか考える時期でしたが、それから、数年で世の中は一気に変 わりました。
 覚えていることがあります。1999年に私は、大阪の中ノ島で大手IT企業で就職していた時期がありました。一時期ですが、日本で サラリーマンをしていたのですが、その時の配属が、インターネットソリューション事業部でした。私が、ネットについて真剣に学ぶ場を頂いたのも、今になっ て思うのは、15年前、大手IT企業で働いたからかもしれません。
 その当時、大企業から中小企業まで、ITについて、話をするためにクライアント訪問をしていました。
 まだまだ、反応が悪かった企業がたくさんあったのですが、その当時みた、動画配信技術に興味をもったのです。今では当たり前ですが、当時は、最先端のストリーミングという技術です。
 私が、2004年ごろから自社のホームページで動画配信をしたのは、IT企業で勤めていた頃、動画とスライドショーをつかって、プレゼンすることができるシステムを売っていた事があるからです。
 これは、使えると思いました。
 今は、動画配信が、世の中に情報を発信して、無名の選手も、大手メディアの力を借りないでも、知名度をあげることができるようになっています。
 流れは、これからも、インターネットを使った発信力で、変える事ができるでしょう。
 15年前、動画配信技術は、ほとんどの人が知らなかったのですから……

2014年04月09日 タイトル変更のおしらせ

  長年書いてきたブログですが、タイトルを変更いたしました。「小谷まなぶの悠々自適ブログ」と致しました。
過去は、中国貿易ビジネス奮闘記  というタイトルでしたが、今は、日本に住んでいますので、現地での奮闘することもなく、日本の平和な世界でゆっくりと過ごしています。自分の思うことを ブログの世界で「悠々自適」に表現できればいいとおもいましたので、このタイトルにしました。

【悠々自適ブログの意味】

悠悠自適
意味は、『のんびりと心静かに、思うまま過ごすこと。』▽「悠悠」はゆったりと落ち着いたさま。「自適」は自分の思うままに楽しむこと 決して退職者としての話ではありません。自分の思うこと自分が感じることを実行していく行動を記したブログです。

今後は、日本で活動する話、日本から見た中国ビジネスの話など、自分の好きな、政治経済の話、または、精神世界、占いなどの不思議な世界の話もブログで書いていければと思っています。
引き続き宜しくお願い致します。