自分のビジネススタイルは変えず、ジャンルは増やす


中国ビジネスを長年行っていて、その後、中国ビジネスの氷河期が2012年ころからありました。その時、多くの上海にいた仲間がベトナムを目指すようになりました。

数年前、ホーチミンに行き、1年くらいホーチミンにマンションを借りて、ホーチミンで少し生活をしながら、ベトナムを見て回りましたが、感じたことは、ベトナム語もわからないし、このレベルでは、何十年もベトナムに特化してビジネスをしている人とは、勝負にならない。やはり、20代から行っている中国ビジネスを専門的に行った方が、現実的だと感じました。また、中国製造されている商品がベトナムでも氾濫しているので、結局、アジアにおいても製造といえば、中国ベースになるなぁと認識しただけでした。

20代に上海の大学に留学をして、その後、上海の日系企業ではたらき、29歳のときに上海で企業しました。貿易コンサルティング会社です。時代の流れで上海での製造業者はどんどん減っていき、郊外に流れていきましたが、ビジネス圏は、中国市場です。

この部分は、はずしては、自分自身でできる仕事の範疇を超えてしまいます。結局、第三者に交渉を依頼をして別の地域の開拓をしても、把握できずに、トラブルになっても対応できないということが問題になります。

自分でできることは自分で完了する。専門性に特化して、個人主義的ビジネスを展開することが、今の時代にとって重要かと思いました。私は、20代から自分で商売をしているので、性格的に組織人としてビジネスができる性格ではないので、どうしても個人でのビジネスの展開になります。しかし、交渉人として、仲介業者として中国全土の企業と取引をしているというこはその先で働く人の数は相当多くいると思っています。

大企業という組織でなくても、仕事を作るということで、多くの人に仕事依頼をしてマネージメントは、自分で行うということで、十分社会貢献できている仕事ができているのではないかと考えるようになりました。

自分が納得して、ストレスのない形で仕事をすることが人生にとって重要です。直感的にこうしたらいいと思ったことを、すぐに行動することができることが人生にとって価値を生み出すのだとすれば、その形でいいのかと思っています。

上海、ホーチミン、香港、東京、福岡とぐるぐる生活の拠点を変えながら、ここ10年くらい見て回りましたが、どこにいても同じことに気付きました。自分のスタイルは、情報をもって、人の間に入って、交渉するという仕事のスタイルは、変わっていません。

 

すなわち、どこで、どんなジャンルの仕事おこなっても、ビジネススタイルとライフスタイルを変えなければ、自分の生き方ができるということになりますので、ビジネスの種類にはこだわらず、交渉人とコンサルティングを行うというビジネス展開が自らのビジネススタイルにとって重要になります。

そう感じるのです。