単純な評価基準


最近、近代史について気になることがあるので、よく調べている。明治から大正、そして昭和初期に発展した「アジア主義」についてである。

 

先日、孫文を記念して設立した留学生の会、「留東会」の方々と交流したことや、中国で事業をしていると近代史での出来事の話をよく耳にするからである。

 

中国建国の歴史などを知る機会も多く、中国で15年以上住んでいれば、そんな話は、日常的に出てくる。また、日中戦争時の日本軍の話など、よく中国人に聞かされるので、こちらも現実を知っておかなければ、話できないということもあるので、自ずとその話は詳しくなっている。

 

僕たちは、中国留学組みであり、昔なら、アジア主義者といわれたのかもしれない。しかし、今の若い世代は、完全に昔のようなアジア主義になれるかといえば、なれないだろう。海外で自由に生きたい主義になっていると思う。

 

類は友を呼ぶというのか、自分自身も海外自由に放浪主義であるので、周囲にそんな友達は多い。そんな友達の話を聞いていると、革命などそんな昔の時代のような考えなど何もない。

 

いえることは、海外に出向いているから、その国と商売して儲かったらそれでいい。と思っている。商売儲かって、楽しく、現地の人と交流して、まあ、普通に遊べればそれでOKという考えである。

 

ただ、国際関係が政治的影響で悪化し、商売に影響がでれば、「そりゃ困る」という考えが出てくる。

 

海外で生活をしていると、例えば、外国居住の日本人の評価は、「経済力、日本製品の販売シュア、政治問題」で、ほとんど、「日本人は、どうだ」という評価につながる。

 

すなわち、海外居住をするということは、「日本が経済的に豊かで、世界で、日本製品が売れていて、政治的に、友好関係である。」ということが重要であって、それ以上でもそれ以下でもない。

 

それだけで、日本人の評価が決まってしまう。

 

最近は、悲しいもので、中国や香港に出向いていろいろ現地の人と話をするが、「20年前の日本をほめられる」だけである。

 

「20年前の日本人はすごかった。お金もあった」「今は、大変だろう。」という評価、

 

結論からいえば、外国にいる人の荷本の評価という部分は、ある意味、単純である。

 

その部分だけを改善できれば、日本は高い評価になる。